辺野古の事故から3ヶ月。 深い葛藤があり、考えがまとまらず、ずっと文章を書けずにいました。そんな中、友人の映画監督・白田さんから依頼があり、 語ることでしか乗り越えられないと考え、インタビューに応じました。 それがこちらです。ぜひ見てください。%3Ciframe%20width%3D%22560%22%20height%3D%22315%22%20src%3D%22https%3A%2F%2Fwww.youtube.com%2Fembed%2FV5bmzDUAm64%3Fsi%3D9BuIgS1558eb4FAw%22%20title%3D%22YouTube%20video%20player%22%20frameborder%3D%220%22%20allow%3D%22accelerometer%3B%20autoplay%3B%20clipboard-write%3B%20encrypted-media%3B%20gyroscope%3B%20picture-in-picture%3B%20web-share%22%20referrerpolicy%3D%22strict-origin-when-cross-origin%22%20allowfullscreen%3E%3C%2Fiframe%3E平和のリレー第2回 大袈裟太郎さん(ジャーナリスト) https://youtu.be/V5bmzDUAm64?si=JGJteiv_vVUKkfUI事故から3ヶ月近くが経ち、ようやく少しずつ自分の言葉を取り戻せていると感じていました。この動画も昨日アップされたばかりです。そして今日、また新たな衝撃が訪れました。琉球新報が、転覆事故で亡くなった船長の過去の性暴力について報じたのです。なんというか、また言葉を失ってしまいました。怒りが込み上げます。市民運動は誰でも参加できる開かれた場である反面、こうした危うさを抱えていることを、今回突きつけられたように思います。誰でも入ってこられるからこそ、経歴や素行をどう確認していくのか。重大な課題を抱えています。また、運動内での性暴力については、近年こそ対策が進んできましたが、事件が起きた16年前、そして話し合いが持たれた11年前は、まだオールド左翼的な男性優位の構造が根強く、加害者であった船長を排除できなかったのだろうと思います。虚しいです。性暴力を認めながら、非暴力を掲げる辺野古の抗議船を操縦し、牧師として勤めていた。 その事実は、恐ろしいとしか言いようがありません。もし加害の実態が共通され、加害者の船長が運動から去っていれば、今回の事故も起こらなかったと思うと、吐き気のする話です。まだうまく言葉にできませんが、市民運動には、こうしたオールド左翼的な男尊女卑から、一刻も早く脱却してほしいと思っています。結局、今回の転覆事故も、その根底にあるオールド左翼的な男尊女卑、有害な男性性、いわゆる「トキシックマスキュリニティ」が問題の元凶なのではないかと、今は考えています。「トキシックマスキュリニティ(有害な男性性)」とは、社会が男性に求めてきた規範のうち、本人や周囲に害を及ぼす部分を指す言葉です。 具体的には、力や支配で物事を解決しようとする傾向、感情(特に弱さや悲しみ)を抑え込み怒りでしか表せなくなること、性的・身体的な優位性を「男らしさの証明」とみなす価値観、年齢や立場による序列を絶対視し異議を許さない構造、といった要素が含まれます。性暴力の経歴がある人間を要職に置き続ける。結局、辺野古の事故の件も、私がずっと指摘してきたオールドサヨク、リベラルの男性中心主義という闇が根底にあった。追記今日、友人と話していて、辺野古の運動に対して「カエル化する」という言葉が出た。 自分も今まで以上に客観的に厳しい角度で振り返ってみると、 辺野古の運動に20代30代の大学生や大学院生ぐらいの初めて参加する女性を案内した時に、 おじさんや男子学生から、セクハラ発言や連絡先をしつこく聞かれるという目に女性が遭わされた記憶がいくつもあった。 そういう現状を放置して「若い人たちに運動に来てほしい」などという人たちの無自覚さに虚しくなる。そしてそういう市民運動内の女性蔑視と闘い続けてきたのが高里鈴代さんたちなので、自分のドキュメンタリー映画は、鈴代さんを軸に製作した。ドキュメンタリー映画の公開に向け、宣伝などの準備を進めています。これから、生き残った船長の逮捕も予想され、より逆風は強くなると思いますが、地道にやっていくしかないです。猪股東吾寄付先はこちらhttps://donate.stripe.com/14AbIU9Ez1tX5f21kDbsc00